青葉台のオープニングシンギングの裏話(3)
私の家内は、早速、若葉台地区センターの館長と副館長に連絡をとった。家内はここで3年か4年働いていたから、アポイントを取ることは、難しくなかった。
それから、数日後、賀山氏と私と家内は、若葉台地区センターに行った。
生意気にも、70過ぎた男がパソコンをセットし、代表の賀山がパワーポイントで、NPOの提案を説明した。
話は、変わりますが、今から、40数年前、私が30歳になる前に働いていた会社に、アメリカから日本に出張に来たアメリカ人がパソコンでプレゼンテーションを始めた時のことを思い出した。
そこに出席した50代の部長等がそのプレゼンテーションの場に出てきて、黙って聞いていた姿を思い出した。
アメリカ人の生の英語が理解できないことと、パソコンによるプレゼンテーションなどは当時の日本ではあり得なかったのだ。
その部長は、そのアメリカ人に、説明後、「Do you understand?」,と聞かれて、慌てて、「Oh,yes,yes」と言ったのだ。
そんな昔話は別として、地区センターの館長と副館長は、パワーポイントで提案されたのは初めてで、さぞかし驚いたことでしょう。
まして、目の前には、元劇団四季の俳優がいるのだから。
結果、我々の提案はすぐに採用されて、3月の講演会と4月からのオープンシンギング ”Sing Along!” の企画と夏休みの子どもミュージカル教室の企画の準備は進むこととなった。
その後、緑区十日市場地区センターではゴスペル教室を、中山地区センターでは、DTM教室を開きたいと言われた。DTMとはパソコンで作曲するというプログラムである。また、子どものミュージカル教室はここでもやってみたいと言われた。
青葉区の青葉台コミュニティハウス 「本の家」の小林館長も私の家内のお友達。ここでもすんなりと子どもミュージカル教室をやりたいと言う。また、小林館長は青葉台フィリアホールでオープンシンギング ”Sing Along!” をやったらどうかと逆提案を受けた。小林館長は、「もし、やるのだったら、電話をしておく」と言われた。
そんな経緯で青葉台フィリアホールで、オープンシンギング ”Sing Along!” がスタートすることになったのだ。
全ては、人のつながりである。